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入谷地区には巨石が多い。 「昔語り」にあるように、高野山の大石、重ね石、竜石など、伝説にまつわる巨石がいくつもある。 どうも入谷地区は、地上に露出している奇岩が多いようである。 それがまた、「宮城県の遠野」と言われるような昔語りの豊富さに関係しているようにも見える。 |
![]() 久兵衛さんの力だめし石 |
昔、入谷にいた久兵衛さんという力持ちが、力だめしをした石です。
彼は、胸につけずに軽々と持ち上げ、首の周りを回して見せたそうです。
あなたも「ひころの里」に行った折りにチャレンジして見たら如何ですか?
もし、あなたが相当の力自慢でも、十中八九、持ち上げるだけでもうまくいかないでしょう。
試した本人が言うのだから確かです。
重心が微妙にずれているのが、この石のミソです。 |
![]() 重ね石(続き石) |
鏡餅を逆さにしたように3つ重ねになっている石が「重ね石」です。
「安永風土記」によれば、7つ重ねになっていたと言われますが、確認されていません。
水神「続石明神」として尊敬されたと言われています。
下流には「陰石」「陽石」があり、子授けの神として信仰されたと言われます。(説明板より) 近くまで行って見てみましたが、やはり3つの石しか見えません。 その下に4つも重なっているといいますが、本当でしょうか。どうしてそんな話になっているのでしょう。 |
![]() 橋の下のむくれ石 ![]() むくれ石と橋2つ |
「重ね石」の説明板には「陽石」とあります。一名「むくれ石」の名がついています。
なんの意味かは、写真を見れば一目瞭然でしょう。 冗談のような面白い話は、この石が橋の下にあることです。 「ひころの里」館長の山内氏によれば、昔は下流にあったこの「むくれ石」は、 お天道様の下にさらされているのが、ちょっとはずかしくて、上流の橋の下まで動いていって橋の下に隠れた、ということです。 下流ではなく上流へ移動する、というのが話の面白いところ。 写真をみればわかるように、現在の橋のちょっと上流に昔の橋桁が残っています。 左の写真では、矢印が「むくれ石」、写真右方向手前が上流側です。 実際には、橋が下流に掛け替えられていたわけです。 単に氏にからかわれただけかもしれませんね。(^.^; |
![]() 竜石の破面 ![]() 竜石の大きさがよくわかる |
「ひころの里」のすぐ下に広がる聚落の中に「竜石」があります。
場所はわかりやすそうでわかりにくいので、人に尋ねた方が手っ取り早いでしょう。
ヤブの中にありますから、外からはよく見えません。 「竜石」は石の破面の白い脈理が竜に似ているところから名付けられたようです。 割れた大石の両方で、よく見えます。 こう言ってしまうとミもフタもありませんが、よく見ると、なるほど竜に似ています。 しかも、大石を割るために長い穴を抉って割った痕がはっきりと残っていました。 割った後で、脈理の白い竜に驚いて、そのまま放置してしまったのかもしれません。 入谷の里の昔語りでは、明治の中頃、入谷と米谷の間に隧道を掘るための石垣として使おうとして割った石に竜がいたので、使うのをやめてしまった、という話が残っています。 |
| 「ひころの里」を中心として、入谷地区にある巨石の位置を示しました。 「久兵衛さんの力石」は、「ひころの里」の中に無造作に置かれています。 また、「むくれ石」は、「ひころの里」から山を越えて、「重ね石」のある川の少し下流の橋の下にあります。 「重ね石」は、人家の庭にあるので注意。川の反対側には説明板があります。 「竜石」は「ひころの里」の下の聚落の中です。「高野山の巨石群」「化物石」「石割藤」「蔵王権現」は、まだ見に行っていないので、次回に写真付きで解説します。 |
![]() 入谷地区の巨石地図 |