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雑節・五節句の説明(平成24年・2012年)

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月 日雑 節内 容
2月 3日(金)節分節分は季節の変わる日ということで、春夏秋冬の変わり目毎にあるが、冬が終わり春が始まる日として立春は重要な日であり、前日の節分は特別あつかいされた。2月3日頃の節分の夜、体に溜まった穢れを豆まきで清め、ヒイラギの小枝にイワシの頭を刺したものを軒下に飾り、災いが家内に入り込むのを防ぐ。「鬼は外、福は内」の掛け声とともに豆をまく習慣は南北朝時代に始まったと言われ、年齢の数だけ豆を食べると、その一年間は災難を逃れ、無事で居られると信じられていた。
3月17日(土)彼岸の入春分の日の3日前。春分の前後3日間の一週間が春の彼岸である。彼岸とは梵語の「波羅密多」の訳語で、仏教の理想の境地である涅槃に達することである。
3月23日(金)彼岸の明春分の日の3日後
5月 1日(火)八十八夜立春から数えて八十八日目。「八十八夜の別れ霜」といわれるように、この時期は春と初夏の境目であり種まきや茶摘みの時期で農作業も一段と忙しくなる。この日に摘んだお茶の葉は上等とされ、またこの日にお茶を飲むと命が延びるとされている。
6月10日(日)入梅芒種から5日目、立春から数えて135日目に当たる。この日から約30日間が梅雨となる。
7月 1日(日)はんげしょう
半夏生
二十四節気をさらに細かく分けた七十二候の1つ。夏至から数えて11日目。この頃、どくだみ科の「はんげ」(カラスビシャク)という毒草が生えるので半夏生という名がついた。田植えの終わった農家では、この日の天候で稲作の豊凶を占い、田の神を祭り、物忌みをする大切な日。
7月19日(木)土用の入「土用」の起源は古代中国で、宇宙は木、火、土、金、水の五元素からなり、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ前18日間は、土の働きが活発になるとして、それを「土用」といった。従って「土用」は年四回ある。「土用の入り」「梅の土用干し」「土用波」「土用の丑の日」「土用の虫干し」等、現在では「土用」とは夏の土用を指し、立秋の前18日間をいう。「土用」といえば「丑の日」。平賀源内が鰻屋の宣伝のために「本日土用の丑の日」と書いて店先に張り出し、「鰻を食べれば長寿、延命になる」と、宣伝したところ大繁盛して、この日に鰻を食べる習慣ができたという。
8月31日(金)二百十日立春から数えて二百十日目を「二百十日」といって昔から農業の厄日とされてきた。この日がわざわざ暦に書き入れられるようになったのは、江戸中期の暦学者、安井算哲が編纂した「貞享暦」(1685年)に厄日として書き入れてからである。しかし、農民たちは経験上立春後二百十日目、二百二十日目に毎年暴風雨が来る事を知っており、かなり古くから風鎮めの祭りが行われてきたらしい。この頃はちょうど稲の開花期に当たり、この時期に台風に襲われると収穫前の農作物に大きな影響がでる。
9月19日(水)彼岸の入秋分の日の3日前
9月25日(火)彼岸の明秋分の日の3日後
 

 
月 日節 句内 容
1月 7日(土)じんじつ
人日の節句
正月7日の朝は、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベ、ホトケノザ、スズナ、スズシロの7種類の春の草をいれたかゆを食べる。この七草粥の行事は、813年に嵯峨天皇に若菜の御膳を奉ったのが始まりといわれ、宮中の行事としていたのが、江戸時代に公式の節句として定められた。
3月 3日(土)じょうし
上巳の節句
桃の節句。農家では、3月はいよいよ本格的な農作業の始まる季節である。それで物忌みやみそぎの行事を行い、3日の夕方、人形(形代)に汚れを移して川に流した。この祓い人形と雛遊びが混同されて、室町時代には上巳の節句に雛遊びの人形を飾るようになった。
5月 5日(土)たんご
端午の節句
5月の最初の午の日、つまり端午の節句の原型は、もともと農村での女子のお祭りだったが、宮廷でそれが中国の端午の行事と融合した。奈良時代の朝廷では5月5日に中国風の端午の宴会が催されていた。昭和26年5月に「児童憲章」が定められ、5月5日は「子供の日」として、子供の人格を尊重するとともに、子供の幸福を図ることを趣旨とした祝日となった。
7月 7日(土)しちせき
七夕の節句
昔から日本にあった民間の「棚機女(たなばたつめ)」伝説と、日ごろは天の川を隔てて相対している牽牛星と織女星が年に1度だけ会えるという中国の古い伝説が結びついて年中行事となったもので、691年の持統天皇の頃からすでに行われていたらしい。
9月 9日(日)ちょうよう
重陽の節句
菊の節句。中国の陰陽五行思想では奇数のことを陽数といい、特に九月九日は九という陽数が重なる(重陽)めでたい日として重んじた。この日には主に長寿を願う祓い事が催され、菊の花が邪気を払い長寿に効くと信じられていたので、菊の花びらを浮かべた菊酒を飲んだ。明治以降は急速にすたれ、現在では菊の品評会を開く程度になった。